その調べに、40年前の記憶が蘇ったに違いないことだろう。
4月6日放送のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」第110話では、岡山偕行社を舞台に「クリスマスジャズフェスティバル」が開催。そのトリとして、大月錠一郎とトミー北沢が出演する場面が描かれた。
岡山出身の錠一郎(オダギリジョー)は戦災孤児として育ち、トランぺッターを目指して大阪に出てからはジャズ喫茶の「ナイト・アンド・デイ」をベースに腕を磨いていた。当時のライバルは裕福な家庭に育ち、正式な音楽教育を受けたトミー(早乙女太一)。二人は昭和38年(1963年)に開催された、関西ナンバーワンのトランぺッターを決めるコンテストの「関西ジャズトランペットニューセッション」に出場し、激戦の末に錠一郎が優勝を勝ち取っていたのである。
そこから月日は流れ、錠一郎はトランぺットが吹けなくなる「職業性ジストニア」を患い、音楽の道を諦めることに。代わりにチャンスをつかんだトミーはアメリカでレコーディングをするような一流ミュージシャンへと成長していた。
その後、錠一郎からの誘いで1994年に再会していた二人。錠一郎はピアニストに転向し、猛特訓の末にトミーのバンドに加入。ライバルだった二人はいつしかバンド仲間として一緒に活動するようになっていた。そして迎えた2003年。かつて錠一郎が世話になっていた岡山のジャズ喫茶「ディッパーマウス・ブルース」を先代の定一から継いだ息子の健一(世良公則)とひ孫の慎一(前野朋哉)は、自分たちが主催する地元のジャズコンサートで演奏してほしいと依頼。二人はその熱意を快諾していたのである。
「コンサートの客席には懐かしい顔ぶれが揃うことに。健一の隣には、錠一郎の妻・るい(深津絵里)の叔父にあたる雉真勇(目黒祐樹)が陣取り、同じテーブルにはかつてるいが住み込みで働いていた大阪・竹村クリーニング店のおかみさん・和子(濱田マリ)の姿も。そして車椅子で駆け付けたのは、錠一郎が世話になっていた『ナイト・アンド・デイ』のマスターだった木暮洋輔(近藤芳正)でした。おそらく80代を迎えて出歩くことも難しいなか、トミーの付き人が手伝うことでコンサート会場に姿を見せることができたのです」(テレビ誌ライター)
いよいよトミーのバンドがステージに登場。健一や勇、和子らが笑顔を浮かべながら演奏に耳を傾けるなか、木暮だけは細かく手を動かしながら泣きそうな顔になっているではないか。
そして迎えた2曲目。錠一郎が軽やかにピアノを奏で、トミーがキレのいい音を鳴らすなか、木暮はついに号泣。メガネを外して涙を拭き始めたのだった。なぜ彼はそれほどまで二人の演奏に心を動かされたのだろうか。
「トミーのバンドが演奏したのは本ドラマ向けに書かれたオリジナル曲で、1曲目が『ホワット・イズ・モダン?』、そして2曲目が『リズム・エクスチェンジ』という楽曲でした。1曲目には《丈のテーマ》という副題がついており、錠一郎が大阪時代からいつも吹いていた懐かしの曲。そして《丈とトミーのトランペットバトル》との副題がついた2曲目は、二人が関西ジャズトランペットニューセッションで直接対決した際に、火花が散るようなバトルを交わしながら演奏した、いわくつきの選曲だったのです」(前出・テレビ誌ライター)
1月18日放送の第54話で開催されたコンテストでは、錠一郎とトミーが甲乙つけがたしとなり、二人が同時に演奏する決勝戦が行われることに。ここで彼らは侍同士の斬り合いさながらに熱い演奏を交わし、闘い終わった二人は固い握手を交わしていた。その様子にマスターの木暮も会心の笑顔を見せていたものだ。
そこから40年の歳月が流れ、紆余曲折を経て同じバンドでプレーすることになった錠一郎とトミー。クリスマスコンサートにて演奏した「リズム・エクスチェンジ」では、かつて錠一郎が吹いていたフレーズを、代わりにサックスが演奏していた。バンドの主役はあくまでトミーであり、錠一郎はピアノでバンマスのトミーを支える役目を担っていたのである。
「かつての熱いライバル関係、そして錠一郎が夢破れてジャズを諦めた経緯を知る木暮は、自分の目が黒いうちに錠一郎とトミーが同じバンドでプレーする姿を見ることができて、感無量だったに違いありません。岡山で戦災孤児だった錠一郎を育てた柳沢定一(世良公則)から錠一郎の世話をしてくれと託され、自分が経営するジャズ喫茶の上階に住ませていた木暮。結婚と共に自分の元から巣立っていった錠一郎の晴れ姿を見る目は、さながら息子の活躍を見守る父親同然だったに違いありません」(前出・テレビ誌ライター)
物語の軸は安子・るい・ひなたという母娘3代のヒロインたちに据えつつ、物語を彩る脇役たちもそれぞれのストーリーが描かれてきた「カムカムエヴリバディ」。岡山で木暮が流した涙もまた、最終週で“回収”された要素のひとつだったのかもしれない。