その場面に、またもや呆れはてる視聴者もいたようだ。
7月7日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第64回では、横浜・鶴見で食品卸の会社を設立した砂川智(前田公輝)が、故郷の沖縄やんばる地方で農家に挨拶して回る姿が描かれた。
上京から6年目となり、念願だった独立を果たした智。久しぶりに沖縄に戻った目的は、一つは沖縄の産物を本土に紹介すること。もう一つはヒロイン・比嘉暢子(黒島結菜)と結婚したいという希望を、暢子の母親である優子に許してもらうことにあった。
暢子には結婚を考えている意思をすでに伝えていた智だが、肝心の返事は聞かずじまい。実のところ暢子にはその気がまったくなく、むしろ新聞記者の青柳和彦(宮沢氷魚)に心を惹かれているところだ。だがそんな暢子の気持ちなど露知らず、智は結婚に向かってひた走っていた。
「仕事に対しては真面目で熱心な智ですが、時には頑張りすぎて倒れてしまうなど、直情的すぎるところが玉に瑕。そんな真っ直ぐさは恋愛にも発揮されてしまい、暢子の意思を確かめることなく母親にまで話を持っていく姿は、見ていて危なっかしいですね。そんな危なっかしさが、本業の食品卸でも露呈していたのです」(テレビ誌ライター)
やんばるの農家を訪ねた智は「大島さんの芋、東京のみんな食べたらびっくりすると思う」との熱い思いを、農家の人に伝えていた。どうやら智の会社で紅芋(サツマイモの一種)などの農産物を取り扱いたい様子だ。
その光景には沖縄でハンバーガーショップに勤めていた当時、新メニューのポテトフライに使う芋を調達すべく、農家を歩いて回っていた姿を重ね合わせた視聴者も多かったことだろう。
当時から食品卸の商売に情熱を燃やしていた智が、今は社長の名刺を持ってかつてお世話になった農家を訪ねて歩くことに。彼の成長を感じさせる場面となっていたが、実はこの描写には問題が潜んでいたという。それもなんと法律違反レベルの大問題だというのである。
「智は沖縄県産のサツマイモを取り扱いたい様子。しかし植物防疫法の定めにより、沖縄のサツマイモは県外に持ち出すことができないのです。蒸熱処理を施せば持ち出し可能になりますが、智は農協を通さずに農家と直接取引していますから、蒸熱処理の手間は農家が負担することに。しかし大規模な施設を必要とすることから、とても一農家の手に負えるものではありません」(週刊誌記者)
沖縄にはアリモドキゾウムシなど国内の他地域に発生していない病害虫がいることから、さつまいも属植物の生塊根(すなわちイモそのもの)を県外に持ち出すことは植物防疫法で禁じられている。これは沖縄に関するドラマを描く際には常識として知っておくべき事柄であり、智が沖縄県産のサツマイモを取り扱おうとする場面自体が、本来なら描くべきではないのである。
ただ前述の通り、蒸熱処理を加えれば法律面はクリア可能のはず。東京の沖縄県産品ショップでは、処理済みの紅芋が売られていたりするものだ。そう考えれば多少の脚色こそあるものの、智の情熱を描いた場面は許容範囲なのではないだろうか?
「ここで注目すべきは、本作が昭和50年代を舞台にしていること。というのも蒸熱処理で生のイモが県外に持ち出せるようになったのは、平成に入ってからのことだからです。昭和53年時点では沖縄からのサツマイモ持ち出しは完全に禁止されており、智の行為は法律違反の助長そのもの。ドラマ内の演出だとしても、沖縄を描く本作としてはさすがにマズすぎるでしょう」(前出・週刊誌記者)
蒸熱処理については平成元年に那覇植物防疫事務所が消毒技術の開発に成功し、平成7年に植物防疫法施行規則の一部が改正、施行されたことでやっと、生のサツマイモが県外に出荷できるようになった経緯がある。つまり今回の描写は、沖縄の農業が歩んできた歴史を無視したものになっていたのだ。
この「ちむどんどん」ではイタリア料理を巡っても、当時は存在しなかったはずの生魚を使ったカルパッチョが登場するなど、時代考証を無視した描写には疑問符が投げかけられていた。そして今回は法律違反の恐れさえある場面が描かれたのだから、視聴者としては<またか…>との思いを抱くのも無理はないだろう。
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