【ちむどんどん】新聞記事に不自然な加工が!制作陣はネットの反応を気にしていた?

 そうやってリカバーするのか。その画面に感心した視聴者も少なくなかったようだ。

 7月19日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第72回では、沖縄を訪問した東洋新聞記者の青柳和彦(宮沢氷魚)が、遺骨収集を手掛けている嘉手刈源次(津嘉山正種)の自宅を訪れる場面が描かれた。

 沖縄の歴史について本を書くことをライフワークにしている和彦は、田良島デスク(山中崇)の計らいで源次の元を訪ねることに。収集現場の洞窟では話すことなどないと拒絶されていたものの、大城房子(原田美枝子)から託された手紙を渡すと、源次は熱心にそれらの手紙を読みふけっていた。

「東京・銀座でイタリア料理店を営む房子は親の代に上京した沖縄2世で、源次に多額の寄付をすることで遺骨収集をサポート。彼女が間に入ることで遺骨や遺品が遺族のもとに戻るケースも多く、房子は遺族から送られてきた手紙の束を源次のもとに届けるべく、和彦に託したのでした」(テレビ誌ライター)

 和彦は源次が20年前に受けた東洋新聞の取材記事を読んだと語り、その記事を書いた田良島デスクが申し訳なく思っているとの思いを伝えた。源次はその記事が原因で、遺骨収集作業を快く思わない人たちから反対の声が寄せられた経緯について語りつつ、戦争経験者が次々とこの世を去るなか、「なんとか伝えなくちゃいかん」との想いを強調していた。

 その想いに応えるように和彦は「過去を知ることが未来を生きるための第一歩だと思います」との考えを口に。すると源次は「あんたぁ、いい目してるよ。田良島さんと同じ目してるよ」と告げつつ、和彦に対してなんでも話すと約束したのであった。

 和彦の真摯な想いが源次に通じた場面では、和彦が房子と知り合いだった偶然も助けになっていたようだ。そんなシーンにて、なんとも不自然な描写があったという。

「和彦が20年前の記事について語った時、画面には和彦がスクラップしていた新聞記事が映し出されました。ところが見出しなどは読めるものの、本文には不自然なほどのボカしがかけられており、まったく読めない状態に。7月6日放送の第63回で和彦がそのスクラップを暢子に見せた時には、本文も読める状態になっていましたから、このボカしには何らかの意図があるはずです」(前出・テレビ誌ライター)

 その意図とはなんなのか。それは当該記事に書かれていた「致命的なミス」を隠すことだったのではないだろうか。

 そのミスとは、昭和33年(1958年)の新聞記事に「厚生労働省」という名称が載っていたことだ。当時存在していたのは「厚生省」であり、労働省との統合により現在の名称に変わったのは平成13年(2001年)のこと。そんな“有り得ないミス”が朝ドラの画面にて大映しとなっていたのである。

厚生労働省が発足したのは21世紀になってからのこと。昭和の時代に存在していないことは自明だ。

「本作ではイタリア料理の歴史にあやふやな点があったり、物語当時には現役車両が存在しないはずのオート三輪(昭和20年代のモデル)が登場するといった考証ミスが多発していましたが、これまではうやむやにされてきました。しかし昭和33年の新聞に『厚生労働省』の記載はどうにも言い訳できず、かといって撮り直しも不可能。そのため記事をボカすといった非常手段で、重大な誤りを隠した形でしょう。これは制作側がネットの評判をチェックしている間接的な証拠と考えることができるのではないでしょうか(前出・テレビ誌ライター)

 朝ドラの制作では数カ月前に撮影し終わっているケースも多く、修正したくでもできないといった現実もある。そこをなんとか「ボカシ」という力技で回避した点は、制作陣が<自分たちの過ちを認めた>という点で、画期的な前例となったのではないだろうか。