制作側の意図と視聴者の受け止め方がこれほど乖離していた場面も、珍しいのではないだろうか。
7月22日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第75回では、ヒロインの比嘉暢子(黒島結菜)が新聞記者の青柳和彦(宮沢氷魚)と結婚を決意する場面がハイライトとなっていた。沖縄の青い海をバックにキスを交わした二人だったが、そのシーンに多くの視聴者が怒りをぶつけていたというのである。
旧盆最終日にあたるウークイに合わせて沖縄やんばる地方の実家に帰省していた暢子。ウークイの8月18日には母親の優子(仲間由紀恵)が子供たちに、戦争で家族を失った経緯や、夫の賢三(大森南朋)と結ばれたきっかけなど、これまで話していなかった過去を明かしていた。そんな優子の話に暢子ら4きょうだいは「幸せになる」ことを誓ったのである。
一方、暢子への好意を告白していた和彦は、遺骨収集を手掛けている嘉手刈源次(津嘉山正種)に取材するため8月18日に沖縄入り。源次から沖縄戦での辛い想い出を聞いていた。
「源次は妻と二人でガマ(洞窟)からガマへと逃げるなか、親と別れてしまった小さな女の子と一緒になることに。無事に生き延びられたらその子を引き取る約束をしたものの、ある日、激しい艦砲射撃に襲われ、必死で逃げるなか女の子の手を離してしまいました。遠くで女の子が倒れている姿が見えたものの、艦砲射撃から逃げるしかなかった源次。戦後、遺骨収集作業を続けているのは『ずっとあの子を探しているだけ』との思いからであることを和彦に明かしていたのです」(テレビ誌ライター)
先祖の霊をあの世に帰すウークイの日に、大事な人との別れと幸せになることの大切さをあらためて教えられた暢子と和彦。翌日には和彦がやんばるにいる暢子のもとを訪れ、あらためて求婚する流れはもはや必然だったと言えるだろう、
海岸で暢子の手を握りしめ、「僕はこの手を絶対に離したくない。嘉手刈さんの分まで、絶対に、絶対に離したくないんだ」と力を込めた和彦。一方の暢子も両親が結婚して自分たちきょうだいが生まれたいきさつについて語り、「幸せになりたくてなりたくて、ちむどんどんしている。絶対、何があってもあきらめない」との想いを口にしていた。
そして「和彦くん…うちと結婚してください」と暢子が切り出し、和彦も「うん、結婚しよう」と承諾。14年前にこのやんばるで初めて出会っていた二人が、長い時を経て結ばれ、誓いのキスを交わしたのであった。
この場面、制作側としては本作の中盤における大きなハイライトとみなしていることだろう。沖縄を舞台にした朝ドラにおいて、優子や源次が過去の辛い想い出を打ち明け、次の世代にあたる暢子や和彦らがその意思を受け継ぐ。そんな大きな物語が二人の結婚で結実したというわけだ。
「しかし視聴者にしてみたら、結果的に暢子による略奪愛が成就した形ですから、二人の結婚を祝福するどころからむしろ、軽すぎる恋バナ展開に激怒するのも無理はないでしょう。暢子はわずか6日前に幼馴染である砂川智(前田公輝)からのプロポーズを『うちは料理に集中したい』と言って断ったばかり。そして和彦は、長年の恋人で結婚式の段取りまで決まっていた大野愛(飯豊まりえ)に対して5日前に『全部なかったことにしてくれ』と告げて破談したばかりですからね」(前出・テレビ誌ライター)
感動のシーンだったはずが、視聴者はすっかり白けていたというこの場面。そんな役を演じさせられる黒島結菜と宮沢氷魚もなんとも気の毒だが、実はこの場面にはちょっとした「伏線回収」も隠されていたというのだ。
もはや視聴者のほうは大した興味も抱いてなさそうだが、その伏線は本作で最も好評だったと言われる、暢子ら4きょうだいの幼少期に張られていたというのである。
それは4月22日放送の第10回にて、小5の暢子(稲垣来泉)と中3の和彦(田中奏生)が、海岸沿いの崖の上でシークワーサーの樹を見上げている場面だった。当時、父親の賢三を亡くしたばかりだった暢子は、東京の親戚(大叔母の大城房子=原田美枝子)に引き取られることに。「本当にいいのか? 後悔しないか」と気遣う和彦に暢子は「ありえん」と強がるも、和彦は「だったら俺が守ってやる。東京に来たら俺を頼りにしろ」と、中3なりの男気を示していたのである。
「ここで暢子は『ねえ…手ぇ繋いで帰ろう』と和彦の手を握ることに。恥ずかしがって手を振り払う和彦でしたが、小5当時から暢子は周りの男を惑わせる魔性の女ぶりを発揮していたのです。そこから14年の歳月が流れ、お互いに大人になった二人。今度は和彦から暢子の手を握り、二人はキスを交わしました。こうやって14年前の伏線を、晴れて回収することになりました」(前出・テレビ誌ライター)
14年前も今回も、二人は父親の賢三がいるであろうニライカナイを望む海を見ていた。今ではそこに、和彦の父親である史彦(戸次重幸)もいるはず。それぞれの父親に見守られながら、幸せになることを誓った二人。視聴者としてはもうこれ以上、ドタバタ劇が続かないようにと祈るばかりだろう。