【ちむどんどん】歌子が死んでしまう!?暢子が口にした「不幸フラグ」に視聴者騒然!

 それ、言っちゃダメなヤツでは? 暢子が発したセリフに思わず青ざめる視聴者もいたようだ。

 5月30日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第36回では、比嘉家の三女・歌子が新人歌手オーディションのチラシを熱心に読み込んでいる姿が描かれた。

 前週の放送から10カ月ほどが経過し、昭和48年(1973年)の10月を迎えた今回、歌子は高三となっており、すでに運送会社の事務員としての内定ももらっていた。だが彼女は歌手になりたいという夢を捨てきれない様子だ。

「歌子が手にしたチラシには《次の南沙織はキミだ!》との見出しが。ラジオからは南沙織が2年前にリリースし、日本レコード大賞で新人賞を獲得したデビュー曲の『17才』が流れていました。その南沙織は沖縄出身で、年齢は歌子の1歳年上。当時の沖縄の少女たちにとっては《自分にも東京で歌手になるチャンスがある!》と実感させてくれる、絶好のロールモデルだったのです」(芸能ライター)

 すると歌子は、東京にいる姉でヒロインの比嘉暢子(黒島結菜)に電話を掛けることに。引っ込み思案の歌子が自分から電話を掛けること自体、なかなかの進歩と言えるだろう。

 その電話で歌子は「相談というのは就職のことじゃなくて…」とまで言いかけるも、無情にも十円玉切れで通話は切れることに。田舎の高校生である歌子には、2.5秒で10円という当時の長距離通話代はあまりにも高価すぎたようだ。

50代以上なら知らぬ者のいない大スターだった南沙織。デビュー年にいきなり紅白歌合戦に出場した人気者だった。

 そんな電話の後で暢子が交わした言葉に、一部の視聴者は「不幸フラグが立った!?」との戦慄を覚えたというのである。

 暢子の電話をそばで聞いていた沖縄県人会会長の平良三郎(片岡鶴太郎)が「歌の上手い妹さんか?」と訊ねると、暢子は訊かれてもいないのに「小さい時からなぜだか身体が弱くて」と説明。その言葉に三郎が「一度、ちゃんとした医者に診てもらったほうがいいんじゃねえか」と心配すれば、暢子も「やっぱりそのほうがいいですかね?」と返していたのであった。

「この場面、普通の姉ならこれから就職するという歌子の身を案じて、彼女の引っ込み思案な性格などについて心配するところでしょう。ところが暢子はなぜか、身体の弱さについて言及。『医者に診てもらう』という言葉まで出てきたのですから、これはもう、歌子の身に何かが起こるというフラグに思えてならないのです」(テレビ誌ライター)

 視聴者からは、身体が弱い歌子ではたとえオーディションに合格しても、厳しい芸能界に耐えられないのではと心配する声が続出。それに加えて、9年前に亡くなった父親の賢三(大森南朋)を引き合いに出す向きもあったという。

 その賢三は料理人や大工など様々な仕事を経験し、家族を持ってからは沖縄北部の山原村でサトウキビ畑を経営していた。しかしある日の畑仕事で心臓発作を起こし、その日のうちに亡くなることに。それまでも時々、胸を押さえるような仕草は見せていたものの、はた目には突然の最期であった。

「そんな賢三の娘であることは、歌子も何かしらの持病を抱えている可能性を感じさせます。突然倒れてしまったり、最悪の場合には命にかかわるような爆弾を抱えている恐れすらありそうです。そのタイミングが那覇でのオーディションなのか、それとも合格しての上京後なのかは不明ですが、朝ドラではヒロインの周囲で悲劇が起こりがち。いまのところ長女の結婚や次女の就職など幸せな比嘉家の日常が、暗転してしまうのかもしれません」(前出・テレビ誌ライター)

 視聴者としては歌子が「第二の南沙織」として、その歌声と美貌を発揮してくれることに期待したいもの。果たして歌子が人前で堂々と歌うことはあるのか。不要な悲劇はぜひ避けていただきたいものだ。