ドラマの世界では時空を飛び越えることも可能だったようだ。
7月19日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第72回では、沖縄本島南部の洞窟にて、東洋新聞記者の青柳和彦(宮沢氷魚)が、ヒロイン比嘉暢子(黒島結菜)の母親である優子(仲間由紀恵)に出会う場面があった。この描写にネット民からは総ツッコミが寄せられているという。
亡き父親が戦時中に沖縄で従軍していたこともあり、沖縄の歴史を本にまとめたいとの意欲を燃やす和彦。かねてより遺骨収集を手掛けている嘉手刈源次(津嘉山正種)への取材を希望しており、田良島デスク(山中崇)の尽力もあって昭和53年8月18日に、収集現場の洞窟を訪れることができた。
源次からは何も話すことはないと突き放された和彦だが、洞窟で偶然、旧知の仲である優子に遭遇。しかし優子は「もうバスの時間だから」とはぐらかし、さらには「ここで会ったことは暢子には言わないでね」と念押しだ。
そのころ沖縄本島北部のやんばる地方にある比嘉家では、母親が行方不明だと大騒ぎ。これまでに年に1~2回、行き先を告げずに出かけていたこともあり、暢子ら4きょうだいそろって優子の行き先を心配していたのである。
「この日は旧盆最終日の『ウークイ』にあたり、先祖をあの世に返すという大事な日。優子はもう日が暮れようとしているぎりぎりのタイミングで帰宅しました。そこから比嘉家は仏前に御三味(ウサンミ)をお供えし、亡き父の賢三を弔うことに。沖縄が本土復帰した昭和47年(1972年)以来、久しぶりに家族5人が揃ったのです」(テレビ誌ライター)
だがこの場面に多くの視聴者から<沖縄ってそんなに小さい島じゃないよね?><洞窟まで日帰りできるの?>といった疑問が噴出。当時は沖縄自動車道が名護市の許田から沖縄本島中部の石川市までしか開通しておらず(全長の約4割に相当)、本島を南北に結ぶバスは一般道の国道58号線を通っていたのである。
果たして、自宅を朝に出かけた優子が南部の洞窟で遺骨収集を手伝い、その日のうちに戻ってくることなどできるのか。現地の交通事情を調査したトラベルライターがこう語る。
「結論から言うと、洞窟での滞在時間はごく短くなるものの、日帰り自体は可能だったようです。優子は自宅近くの『西山原』という架空のバス停を使っていることから、やんばる地方の主要バス停である『辺土名』で始発のバスに乗ったと仮定し、名護バスターミナルと那覇バスターミナルを経由して南部の糸満市にある『第24師団司令部壕』に向かった場合、洞窟には正午前に到着することが可能。一方で帰りは日没が19時ごろなため、14時くらいには現地を出る必要があります。現在だと名護から高速バスを使えるので、滞在時間が2時間以上は長くなることでしょう」
洞窟での滞在時間が短すぎるのは気になるところだが、優子が遺骨収集に参加すること自体は可能なようだ。優子は那覇出身で、戦時中は糸満など南部の防空壕にいた可能性もある。それゆえ彼女が源次の遺骨収集を手伝うことにはれっきとした理由があるのだろう。
だがこの第72話には残念ながら、現実には不可能な描写があったという。それは和彦が優子に出会った場面そのものだというのである。
「和彦は前回、東洋新聞社に出社後、田良島デスクから『いまなら間に合う』と急かされて羽田空港に急行。沖縄行きのフライトに乗っていました。お盆なのに空席があるのかという問題はさておき、問題はその時間です。というのも和彦と田良島デスクが沖縄取材についてやり取りしていた時、二人の腕時計はそろって11時10分前後を指していましたからね。いろんな考証にはいい加減なのに、この場面では二人の時計をちゃんと合わせるのかと不思議に思ったものです」(前出・テレビ誌ライター)
東洋新聞社は東京タワーのほど近くにあり、東京モノレールの始発駅である浜松町駅にも近いはず。すると和彦がすぐに会社を飛び出せば正午過ぎくらいには羽田空港に到着でき、ちょうどいいフライトがあれば13時までには沖縄行きの飛行機に乗れる計算となる。
沖縄への飛行時間は当時も現在も変わらず、約2時間半。そこからタクシーで洞窟に向かったして、和彦の到着は16時ごろになるはずだ。だがその時間に優子はすでに、山原村に向けて帰りのバスに乗っていたこととなる。実際には和彦の乗った飛行機が飛んでいる間に、優子は帰途に就く計算だ。
「視聴者からは《沖縄をどれだけ小さい島だと思ってるんだ》《時空が歪んでいるんだろう》といった声が続出。実際、優子のバス旅は片道100キロにも及ぶ長大なものです。制作陣も沖縄ロケで現地に1カ月ほど滞在していたはずですが、やんばる地方での撮影に忙殺され、南部への日帰りなど試してもいないのでしょう。沖縄自動車道がある現在でも、できれば試したくないほどの長旅ですよ」(前出・トラベルライター)
往復で10時間近くもバスに揺られた優子の体調が大丈夫なのか、そのへんも気にしてほしいところだ。