ただただ、スワン号を飛ばしたい。飛んでいる姿を見たい。その気持ちは部員たちも、そして視聴者も同じだったに違いないだろう。
10月31日放送のNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」第21回では、浪花大学の人力飛行機サークル「なにわバードマン」に所属するヒロインの岩倉舞(福原遥)が、スワン号のパイロットに決まるまでの過程が描かれた。その場面に視聴者も我が事のように魅入られていたようだ。
6月に開催されたテストフライトでは突風にあおられてスワン号が墜落。女性パイロットの由良冬子(吉谷彩子)は左脚を骨折してしまい、スワン号はパイロットを失ってしまっていた。
人力飛行機はパイロットの体格や脚力に合わせて設計されており、代役パイロットを立てるのは難しいもの。前年度のパイロットで部長の鶴田(足立英)は自分が代役になると主張するも、機体設計者の刈谷(高杉真宙)はパイロット交代は無理だとして、サークル活動引退を宣言していた。
「由良の壮絶な努力を間近で見ていた舞は、自ら代役パイロットに立候補。部長の鶴田は舞では無理だと判断し、とりあえずエアロバイクを漕がせてみました。スワン号は負荷210ワットで設計されており、鶴田いわく『急な坂道を座り漕ぎでスイスイ進んでくぐらい』とのこと。舞は3分間漕ぎ続けるのがやっとでしたが、由良は1時間半も漕ぐつもりだったのです」(テレビ誌ライター)
それでも舞は「大変やからこそ挑戦したいんです。みんなで作ったスワン号、私が飛ばしたいんです!」と主張。その思いの強さを受けた鶴田は「ちょっと時間くれるか」と判断を保留し、入院中の由良を訪ねていた。
相談された由良は「記録を狙える人にスワン号を飛ばしてほしいです」と主張。このセリフに、彼女が舞にはパイロットは務まらないと思っていると感じた視聴者も多かったことだろう。ところが由良は「記録を狙えるとしたら、それは岩倉です」と断言したのだ。
その理由は「スワン号を作った仲間の想いを知らん人には、記録は出されへんと思います」というもの。前回の第20回で由良は、見舞いに来た舞に対して、パイロットとして一番大変なのは部員たちからの期待に応えることのプレッシャーだと説明していた。それでも代役パイロットに立候補した舞は、そのプレッシャーに打ち勝つ決心をしたと、由良は確信したのではないだろうか。
「本作では舞がサークルに入部してからの2カ月間で、周りからの信頼を勝ち取っていく姿が丁寧に描かれています。毎日、誰よりも早くボックス(部室)に来ては、発泡スチロール製のリブを丹念に作っていた舞。テストフライト前の飲み会では描きためていた飛行機のイラストを見せ、彼女がどれほど飛行機好きなのかが部員たちに伝わっていました。その姿を見ている視聴者も、部員たちと同じように『舞にパイロットをやらせたい』との気持ちが高まっていたのではないでしょうか」(前出・テレビ誌ライター)
舞にパイロットをやってもらうかどうかの多数決は、全員が賛成。由良だからこそ徹夜ができると主張していた渥美(松尾鯉太郎)も、今なら舞のために喜んで徹夜を重ねるに違いない。
その多数決で部長の鶴田は両手を挙げていた。玉本(細川岳)から「なんで万歳やねん!?」とツッコまれると、「左手は由良の分やねん」と答えていたものだ。
「その鶴田の言葉に視聴者からは《涙が出た》《由良さん!》といった声が続出。鶴田が勝手に両手を挙げたのではなく、由良も賛成していることは誰の目にも明らかだったことでしょう。このように過程を丁寧に描いているからこそ、視聴者はなにわバードマンの部員たちと思いを共有できる。サッカーではファンのことを《12人目の選手》と呼びますが、奇しくもなにわバードマンの部員は全部で11人。本作の視聴者は《12人目の部員》として、スワン号の記録飛行に挑戦しているも同然の想いを抱いているに違いありません」(前出・テレビ誌ライター)
スワン号が新記録を達成できるかどうかは、もはや問題ではない。大切なのは11人の部員たちが結束して、スワン号をもう一度空に飛ばすことだ。その日が来ることを願って視聴者は、部員たちと思いを一つにしていることだろう。