まだ水曜日だよね!? そんな驚きの声が日本中のあちこちから漏れ伝わっていたようだ。
11月9日放送のNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」第28回では、ヒロイン岩倉舞(福原遥)の操縦する人力飛行機のスワン号が、琵琶湖の上をフライトする様子が描かれた。そこで繰り広げられた感動の人間模様に、多くの視聴者が落涙していたという。
浪花大学の人力飛行機サークル「なにわバードマン」では2004年8月31日、女性パイロットによる飛行距離の世界記録に挑戦。パイロットを務める舞は体重を5キロ落とし、2カ月間にわたるトレーニングでペダルを漕ぐ脚力も大幅に向上。180ワットの出力で1時間漕ぎ続けるという条件もクリアし、この日を迎えていた。
琵琶湖の湖岸から無事に飛び立ったスワン号。最初のうちは「すごい…空しか見えへん」とコックピットからの景色に感動していた舞だが、追い風という悪条件も重なってしまい、なかなか高度を稼ぐことができないようだ。
「人力飛行機は時速15~20キロほど、マラソンランナーくらいの速度で飛びます。そのため風の影響を受けやすく、なかでも追い風は主翼が生む揚力を減らしてしまう大敵。わずか秒速1メートル(時速3.6キロ)の追い風でも影響は甚大です。琵琶湖では北側から吹く風が卓越しており、スワン号のように東岸側から北西に向かって飛ぶのが定石。それでも1割くらいは南側からの風が吹くこともあり、スワン号は運悪くそのタイミングに当たってしまったようです」(飛行機に詳しいトラベルライター)
スワン号では舞の体力に合わせ、当初の設計値だった出力210ワットから190ワット、そして180ワットへとパイロットの負担を軽減。そのぶん飛行速度が遅くなっており、追い風による影響はよりシビアになっていた。
それに加えて8月末の晴天という暑い日に飛ぶため、閉鎖空間のコックピットは文字通りの蒸し風呂状態に。作中では舞の回想で、同じ1回生部員の日下部(森田大鼓)が「風通るようにしてあげたいねんな」と通気口の拡大を提案した場面が描かれたものの、その効果は残念ながら限定的だったようだ。
飛行距離を伸ばしつつ、だんだんと高度を下げていくスワン号。向かい風に変わらない限り、高度を回復するにはパイロットの舞が必死にペダルを漕いで回転数を上げるしかない。しかし離陸滑走時から全力を出し続けていた舞の体力は限界に。「みんなの夢、背負ってんねん。こんなところで終わられへん。終わられへんのに…」とつぶやきながら、力尽きた舞は琵琶湖に着水したのだった。
機体設計担当の刈谷(高杉真宙)と前任パイロットの由良(吉谷彩子)により船に引き上げられた舞は、「すいません。私、記録…」と謝る。すると由良は「岩倉は10分飛んだ、3.5キロも飛んだんや。よう頑張った!」と舞の頑張りを労い、刈谷は「謝らんと。お前のおかげで琵琶湖に来られたったい。スワン号も、俺たちも」と感謝の言葉を口にしていた。
「舞の頑張りにこぶしを握り締めていた視聴者たちは、二人の優しい言葉でついに涙腺が崩壊。出勤前の女性視聴者からは《メイクが涙で崩れちゃったじゃない!》とクレームのツイートがあがるも、その真意が感動を伝えたかったことにあるのは明らかでしょう。世界記録達成はなりませんでしたが、なにわバードマンの部員たちはスワン号が無事に飛べたことに大喜び。その想いは視聴者も共有できていたようで、舞が力及ばずに着水したことを責める声はほとんどなく、誰しもが感動のフライトを存分に味わっていたのです」(テレビ誌ライター)
本作では視聴者自身も「12人目のなにわバードマン」として、スワン号のフライトを手に汗を握りながら見守っていた。作中の人物に感情移入するのはドラマの常ながら、部員たちが舞を胴上げする場面では、まるで自分もその輪に参加しているような気持ちを味わっていたことだろう。
今週のタイトルは「スワン号の奇跡」。このタイトルに、舞の操縦するスワン号が世界記録を達成する場面を期待していた視聴者もいたかもしれない。だが人力飛行機の世界はそんなに簡単なものではなく、本作でも「10分、3.5キロで着水」という現実に即した姿を描いていた。
「スワン号が起こした奇跡は決して世界記録のことではありませんでした。前任パイロットの由良がテストフライトの墜落で骨折し、機体も破損したことで、一度はとん挫していた『スワン号が空を飛ぶ』という夢。それが舞を含む部員たちの頑張りにより実現したこと自体が、大きな“奇跡”だったことはもはや明らかです」(前出・テレビ誌ライター)
夢の大切さや困難さを本作では、テストフライトからの10回を通じて丁寧に描いてきた。だからこそ視聴者もなにわバードマンの部員たちに感情移入でき、同じ気持ちでその“奇跡”に感動できたはずだ。メイクを崩してしまった涙は、琵琶湖の湖岸で部員たちが流した涙と同じ味がしたのではないだろうか。