あえて隠すことで、見えてくるストーリーもあるようだ。
10月11日放送のNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」第7回にて、ヒロインの岩倉舞(浅田芭路)が、祖母の操縦する船に乗り込み、瀬渡しの仕事についていく場面が描かれた。ここに視聴者が驚く仕掛けがあったという。
母親のめぐみ(永作博美)と共に祖母の才津祥子(高畑淳子)が暮らす長崎・五島列島の五島崎町に移り住んだ舞。祥子のアドバイスでめぐみは東大阪に戻り、舞は祥子との二人暮らしを始めていた。
いつも母親の顔色をうかがっていた舞だが、祥子は朝の支度や食器の片付けなど身の回りのことを自分でやらせるようになり、自立心を育むことに。ジャム作りも手伝わせ、この日は釣り客を磯に送り迎えする瀬渡しの仕事に同行させていた。
「祥子の船が大写しになると、その船尾には『めぐみ丸』の文字がハッキリと読み取れました。この回では序盤に祥子と舞が手作りジャムを船で福中港ターミナルの売店に搬入する場面があり、そこでも船首に記された『めぐみ丸』の文字が映っていたのです。ただこの時は少し引いた画だったため、多くの視聴者は瀬渡しのシーンで船名に気づいていたようですね」(テレビ誌ライター)
めぐみ丸という船名が先か、それとも母親(祥子にとっては娘)めぐみの名前が先なのかは現時点では不明ながら、祥子が我が子の名前を付けた船に乗っているということは、娘への深い愛情を示すエピソードに違いないだろう。
ただ、この場面で視聴者はひとつの疑問を抱くことになった。祥子の船は、めぐみと舞が五島にやってきた10月5日放送の第3回にてすでに登場していたが、その時はかなり遠景で撮っていたため、船名が読み取れなかったのである。それをなぜ、第7回になってからハッキリ見えるようにしたのだろうか。
「これはおそらく、舞が『めぐみ丸』という船名に気づいた瞬間を、視聴者にも同じように体験させるためでしょう。第3回の時点では東大阪から五島に来たばかりで緊張していた舞に、船の名前に気を配る余裕などなかったはず。それが祥子との二人暮らしを始め、祖母と孫で心が通い合うようになったいま、舞が船名に気づくという心の変化が示されていたに違いありません」(前出・テレビ誌ライター)
第3回の冒頭では祥子が、港でめぐみと舞を待ち受けていた。その態度はぶっきらぼうで、駆け落ち同然に島を出ていたためぐみに対してどんな態度にでるのかは不明な状況だった。
視聴者のほうも、果たしてめぐみと舞の五島での生活が上手くいくのかどうか、不安だったことだろう。この時点で「めぐみ丸」という船名を見せていたら、視聴者はその船名に隠された意味を考察してしまい、母娘の会話でも不必要なまでに裏の意味を感じ取ろうとしたのではないだろうか。
そういった予断を排するためにも「めぐみ丸」の名前は、めぐみが東大阪に帰るまで隠しておく必要があったというわけか。よもや第3回で示された「祥子が船を操縦するシーン」にこんな伏線が張られていたとは、「舞い上がれ!、恐るべし」と視聴者も感心しているに違いないだろう。