【ちむどんどん】和彦がフリー記者に転身も、制作陣からにじみ出る「週刊誌差別」!

 その描き方は明らかな悪意に満ちていたのではないだろうか。

 8月23日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第97回では、東洋新聞社を退社した青柳和彦(宮沢氷魚)が、フリーランスの記者として企画の売り込みに苦心する様子が描かれた。そこに登場した週刊誌のスタッフがいずれも、信用ならなそうな人物として描かれていたという。

 いずれは沖縄についての本を書きたい和彦はまず、喫茶店らしき場所で週刊誌のスタッフに自らの企画をプレゼン。それは「地方文化特集 沖縄の民俗芸能<文化のるつぼが織りなす世界>」と題した全5回の連載企画だった。

 その企画に週刊誌スタッフは「ダメダメ、そんな地味な企画」とニベもない様子。その上で「こうパ~っと明るいさ、もっとナウいっていうかさ」と欲しい企画の傾向を説明していた。すると和彦は「ナウい?」と聞き返していたのである。

「和彦の企画が地味であることは疑いようもありません。とは言え週刊誌スタッフが和彦に対して“明るくてナウい企画”を求めるのもナンセンスな話。週刊誌の非芸能系記事でメインとなるのは事件ものや政財界のスキャンダルであり、それらは決して“明るくてナウい”わけではないですからね。そもそも学芸部の記者だった和彦に芸能系の企画など期待するはずもないのに、なぜこの週刊誌スタッフは明るい記事を求めるのか。そこには制作陣による、週刊誌への偏見や差別心が見え隠れしているのではないでしょうか」(週刊誌記者)

 週刊文春の「ロス疑惑」が世間を騒がせたのは、作中の2年後にあたる昭和56年のこと。また週刊誌ではないが、月刊誌の文芸春秋が田中角栄元首相を巡る「田中金脈問題」を取り上げたのは昭和49年のことであり、作中の昭和54年(1979年)当時にはすでに、雑誌記事が持つパワーは世間に広く知られていたものだ。

 それでも「ちむどんどん」では、週刊誌を軽佻浮薄なメディアとして描きたい様子。和彦は次に、東洋新聞社の社内で別の週刊誌スタッフと面談するが、鼻ヒゲを蓄えたスタッフはやたらと甲高い声で「すべて込み込み。不満?」と、原稿料には取材経費も含まれていると説明。ズズーッと下品な音を出しながら、飲み物をストローで吸っていたのである。

 元上司の田良島デスク(山中崇)が和彦の実力を保証するも、「いくら新聞で実績があってもウチは週刊誌だからねえ、エヘヘ」と軽い調子は変わらない。これまで登場してきた新聞記者たちとは明らかに違った世界の人物として描く姿には、あからさまな週刊誌差別が垣間見られるのではないだろうか。

「そもそもフリー記者が週刊誌スタッフを呼びつけることなどありえませんから、このスタッフはおそらく東洋新聞社が発行する新聞社系週刊誌のスタッフでしょう。それなら彼は東洋新聞社に採用されており、社内異動で週刊誌を担当しているはずです。それなのに下品な人物として描かれているのは現実に即していないばかりか、制作側の週刊誌に対する差別的な視点がにじみ出ているのではないでしょうか。その一方で3人が打ち合わせしている部屋に、東洋新聞の縮刷版と並んで週刊誌の見本誌が置かれているのはあまりにも滑稽ですね」(前出・週刊誌記者)

退社後も部下だった和彦の面倒を見ている田良島デスク。トップ画像ともに©NHK

 取材経費についても、当時の大手新聞社が潤沢な予算を持っており、湯水のように経費を使えたのは事実だ。だが週刊誌でも決してケチケチではなく、それこそスクープ記事の取材にはがんがんと経費をつぎ込んでいたのである。

 某週刊誌では、編集長が段ボール箱から1万円札をごそっと取り出し、フリーの記者に「これ経費。ギャラとは別だから」と言って渡したとの逸話も業界では知られている。そもそもろくに経費を使えなければ、政財界のスクープなど取れるはずもない。和彦が経費込みの原稿料しかもらえないのは、彼の企画にそれだけのニーズしかないことの表れなのである、

「和彦は東洋新聞でエース記者だったそうですが、正直なところ学芸部はマイナーな部署。そこで実力を認められていたというのは無理のある話であり、大物作家に気に入られていたといった裏設定があるのかもしれません。そもそも実力のある記者なら人脈も豊富なはずで、それを武器にして週刊誌に自分を売り込むべき。しかし彼のもとに他の記者や作家が接触してきた形跡もなく、果たして何の実力があったのか、はなはだ不明ですね」(前出・週刊誌記者)

 昭和40年代に留学経験を持っていた和彦なら、海外に詳しい人材として自分をプロデュースすることもできたことだろう。そういった工夫もなしにひたすら沖縄文化の企画を持ち込んでも、煙たがられるのは当然の帰結ではないだろうか。