【ちむどんどん】暢子の沖縄料理店が2カ月で赤字に…そもそも経営が成り立たない運命だった!

 むしろ、どうやって黒字にするつもりだったのだろうか。

 9月2日放送のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」第105回では、ヒロインの青柳暢子(黒島結菜)が昭和54年(1979年)9月に開店した沖縄料理店「ちむどんどん」が、わずか2カ月で赤字に追い込まれる様子が描かれた。

 故郷・沖縄の料理を東京の人に食べてもらいたいとの思いから開業した「ちむどんどん」。上京以来、長年下宿していた横浜・鶴見の周辺ではなく、あえて東京・杉並を開店の地に選んだのも、東京の人たちをターゲットにしたいとの想いがあったからだ。

 開店当初こそ物珍しさもあってか満員御礼が続いていたが、徐々に客足は離れることに。妊娠している暢子のおなかが大きくなってきた2カ月後には、昼の営業時に客がゼロという閑古鳥状態になっていたのである。

「開店当初には義母の青柳重子(鈴木保奈美)が来店。沖縄そばを食べるもけげんな顔付きとなり、食後には、かつて暢子が義実家に持参していたお弁当のほうが美味しかったと告げていました。暢子は料理の味付けを、東京の人の口に合うように変えていましたが、それが失敗の原因だと示唆する伏線だったようです」(テレビ誌ライター)

 ただ、当時の東京にはそもそも沖縄料理店自体がほとんどなく、沖縄料理の味というイメージすらなかったはず。それに暢子には東京・銀座のイタリア料理店で7年間修業してきた実績もあり、味の劣る料理を出すとも考えづらい。

 ともあれ本編終了後の次週予告では、千葉の養豚場に勤める兄の比嘉賢秀(竜星涼)が登場。賢秀の手掛けた豚肉を使うことで、沖縄の味を取り戻すといった筋書きが容易に想像できた視聴者も多かったことだろう。

 だが、ちむどんどんの経営を巡っては、味以前の問題があるとの指摘も。同店はそもそも黒字経営が相当に難しい立て付けだというのである。その理由が今回、作中で示されていたという。

「店の前に置かれた看板には営業時間が『11:00~14:00/17:00~20:00』と表示。1日にわずか6時間しか営業していないことが判明したのです。いくら暢子が妊娠中とはいえ、夜8時の閉店は早すぎるというもの。これではサラリーマンの夕食ニーズにもろくに応えられません。しかもメニューは定食がメインで客単価は低め。それでいて店舗は妙に広いのですから、黒字を期待することがそもそも無理というものです」(前出・テレビ誌ライター)

 前日の第104回では暢子が店のメニューを手にする場面があり、沖縄そばは400円、ゴウヤチャンプルーなどの定食は500円で、ラフテー定食のみ600円となっていた。裏側には一品料理が記載され、こちらも値段はいずれも3ケタ。単価1000円超の料理は用意していないようだ。

夫の和彦(宮沢氷魚)が配膳を手伝っていたが、運ぶのは定食ばかりだった。トップ画像ともに©NHK

 昭和54年の消費者物価指数(※2020年を100とする)は67.9で、現在の約3分の2。「ちむどんどん」のメニューを令和の物価に直すと沖縄そばが600円、定食類は750円~900円に相当し、ちょっと安めの定食屋といったところだろうか。

「客単価が1000円未満なのは確実。これではラーメン屋並みに回転率を上げたり、カウンターだけの小規模な店にしないと、経営が成り立たないのは火を見るより明らかでしょう。暢子が下宿していた沖縄料理店の『あまゆ』は夜の営業がメインで、ほとんどの客は酒をばんばん飲んでいました。酒は原価率が低く、居酒屋経営の生命線。それに対して『ちむどんどん』は食事メニューが中心ですし、単価が低いうえに営業時間も短いとなれば、赤字になるのも当然です」(前出・テレビ誌ライター)

 いまのところ、客が誰一人として酒を飲んでいない「ちむどんどん」。メニューにも酒の表記はなく、そもそも酒を扱っていない可能性もある。しかし沖縄料理店であれば客のほうも泡盛だったり、オリオンビール(作中ではクロススタービール)に期待するのが当たり前だろう。

 それでも次週にはメニューの変革で黒字化が達成されるのか。どうやら沖縄料理店の経営においても、これまでと同様に<トンデモ解決法>が展開されるのかもしれない。