そのあいだ、視聴者はまばたきもせずに二人の表情を見つめていたのかもしれない。
2月9日放送のNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」第70話では、失恋が原因でわがままな態度を取ったヒロインのひなた(新津ちせ)が、両親に叱られたことで家を飛び出すことに。賀茂川のほとりに佇んでいたところ、母親のるい(深津絵里)が様子を見にくる場面があった。
頭を冷やしたひなたが「ごめんなさい、酷いこと言って」と謝ると、るいは「ええんや。子どもは子どもでいろんなこと抱えてるもんや。そやろ?」と優しい態度に。なぜ分かるのかと驚くひなたに、るいは自分も昔は子どもだったからと答えていた。
ここで「何があったん?」と問われたひなたは、一目惚れしたビリーが留守番中に店を訪ねてくるも、覚えていたはずの英語がまったくしゃべれなかったと告白。するとるいは「そうかあ。初恋やったんやあ」との理解を示していたのである。
「ひなたの肩をそっと抱いたるいの姿には、母親の慈愛がこもっていました。6歳の時に母親の安子が自分を置いてアメリカに行ってしまい、母親に捨てられたとの辛い思い出を持つるい。ここで彼女が娘・ひなたへの深い愛情を示したことは、母娘の結びつきを通して自分自身を癒す行動でもあったのでしょう」(女性誌ライター)
優しく接するるいに対して「なんで私はこうなんかな?」と後悔の念を口にするひなた。夏休みの宿題もラジオ英語会話も長続きしないと自分を責めるひなたをぐっと抱きしめたるいは、「今は真っ暗闇に思えるかもしれんけど、いつかきっと光が差してくる」との言葉を贈り、その光を象徴する「ひなた」という名前を授けた娘に対する胸いっぱいの愛情を示したのである。
「このシーンでカメラはまず、ひなたの表情をクローズアップ。そのまま1分30秒の長きにわたってひなたと、そのひなたを抱き寄せるるいの表情をノーカットで撮り続けたのです。普通ならまずひなた、そしてるいとカット割しそうなところ。背中側から撮ったり顔を映したりと、複数のカットを繋ぐ編集も当たり前でしょう。それがこの場面では、二人の感情が溶け合っていく姿を余すところなく表現するにはワンカットの長回ししかないと、制作側は判断したのではないでしょうか」(前出・女性誌ライター)
失恋と自責の念がないまぜになった難しい気持ちを、カットなしの長台詞で表現しきった新津ちせ(ひなた)。そのひなたを抱き寄せて「ひなたの人生が輝く時が来る」と励ましの言葉を贈った深津絵里(るい)。ベテランの深津はもちろん、11歳の新津も制作側の意図に見事に応える演技で、視聴者を感動させたのだった。
「しかもこのワンカットでは最後、18秒間にもわたって二人がひと言もしゃべらないという場面が。そこで見せたるいとひなたの表情には娘を持つ親世代の視聴者はもちろん、二人の気持ちが交錯していく姿を感じ取った人たちすべてが、鳥肌が立たんばかりに心を動かされていたことでしょう」(前出・女性誌ライター)
この「ひなた編」を通じて新津は、女優として大きな成長を遂げたに違いなさそうだ。